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The End of a Neanderthal Clan Vol.1 Encounter
註釋

本書は、実は、今から10年前、英国のアリスター・パイク教授らによってエル・カスティージョ洞窟の壁画が48000年前と発表されたサイエンスの記事を契機に書き始めた。当時、私はシリアでネアンデルタール人骨を発見した東京大学総合研究博物館の研究グループが主宰する「ネアンデルタールと新人ホモ・サピエンスの交替劇」という研究会に参加していたこともあり、また当時通産省傘下のマルチメディア推進協議会の支援を受け、1997年以来、私たちがスペインのカンタブリア大学と共同で実施した「スペイン北部における洞窟美術情報化プロジェクト」で得てきた知見をもとに同地域におけるネアンデルタール人とクロマニヨン人の交替劇をサイエンス・フィクションというかたちで復元しようとしたのがこの実験的な試みだった。

舞台は交替劇が想定される最終氷期最盛期=LGM(Last Glacial Maximum)のスペイン北部カンタブリア地方で、同地のエル・カスティージョ洞窟を拠点に狩猟採集生活を営んでいたあるネアンデルタール人一族が自分らとは少し体形の違った足長の異族と遭遇することから物語が始まる。その足長の異族は実は既にピレネーの北まで進出していたクロマニョン人たちであって、構想としては、その後、ネアンデルタール人の一部はそのクロマニヨン人と混血するものの大半はクロマニヨン人との闘いに敗れ、洞窟の主も交替する。そこで当初、カンタブリアの洞窟に壁画が描かれるのはその後ということにしていた。ところがエル・カスティージョ洞窟で選ばれた若者が足長の侵入者がやって来た東の方角に視察の旅に向かう途中で本稿の筆が止まった。交替劇当時のネアンデルタール人の精神生活がどこまでクロマニヨンのそれに近かったかは筆を進めながらその時点では必ずしも自信がもてなかったからである。そして、それから3年後、暫く忘れかけていたこの試みを新たに呼び覚ましてくれたのが、またしてもアリスター・パイク教授らによる64800年前という洞窟壁画の測定結果だった。エル・カスティージョ洞窟の隣のラ・パシエガ洞窟の壁画の年代が一部で64800年前と出たというのである。ということは、交替時のエル・カスティージョ洞窟の住人たちの感性はほとんどクロマニヨン人、強いて言えば現生人類と大差ないか、あるいは部分的には優っていたとも思われ、私の実験的な試みがそれほど的外れではなかったと確信できたからだった。

物語は、現在のスペイン・カンタブリア、バスク地方から始まって南仏、ピレネー、ブルゴス、アストリアス、ポルトガル、ジブラルタルへと展開する。そこに登場する洞窟は全て実在するものでそのほとんどは一度は私が訪ねた場所である。

2021年7月25日、著者